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  『目で見る金ぴか時代の民衆生活』
  オットー・L・ベットマン著 山越邦夫/斎藤美加ほか訳

The Good Old Days They were Terrible
■古き良き時代の悲惨な事情■ 
A5判 縦組 272ページ  99年3月刊   
ISBN4-88323-107-0 C1022   定価 本体2,800円+税

■「金ぴか時代 」とは南北戦争後のアメリカにおける浮わついた好況を風刺した言葉である。ここに読者は、先だっての日本のバブル期にも似た状況を発見するだろう。オットー・ベットマンは「アメリカ出版界におけるピクチャー・マン」と呼ばれ、300万枚に及ぶ絵画・写真・イラストなどの図像資料のコレクターである。その厖大なコレクションから縦横無尽に資料を再構成し、当時の民衆の姿をまとめあげた本書は「古き良き時代」の恐るべき実相をあらわにしている。

目次

一章 環 境  動物の糞尿公害/工場の有毒ガス/ごみための町ニューヨーク/都  会の風/熱波に苦しむニューヨークの夏/悪臭の町シカゴ/すすの町ピッツバーグ  
二章 交 通  鉄道馬車の惨状/道路の横断は命がけ/高架鉄道(エル鉄道)/冬の路面鉄道/トロリー電車の登場  
三章 住 宅  タウンハウス/借家のもめごと/集合住宅の生活/労働者と不法占拠者たち/スラム街/スラムの子どもたち  
四章 田舎の生活  台所仕事は奴隷労働/井戸水の安全度/夏の虫は狂暴/ストーブの煙に苦しむ冬/浮浪者の脅威/農村の子どもたち/窮乏の時代/自然の女神/フロンティアの孤独/都会の罠  
五章 労 働  労働条件/産業事故/スウェットショップ(労働搾取工場)/児童就労/生活水準/ストライキ/技術革新  
六章 犯 罪  通りの犯罪/青少年非行/警察という茶番/ニューヨーク市民をたたきのめす警官たち/収賄/売春/利権屋と略奪者/法律/処罰もまた犯罪的/リンチ  
七章 飲 食  肉には注意/ミルク/バター/食品添加物/路上の子どもの食べ物 /食習慣/大西部の食事/酒/酒びたりの田舎/酒場  
八章 衛 生  都市部の伝染病/殺菌消毒と検疫/フロンティアでの衛生環境/医者―このインチキ商売/外科治療/病 院/精神病患者/麻薬中毒  
九章 教 育  田舎教師/体罰/荒れる教室/黒人教育/都会の学校/陰うつな教室/教授方法/教師  
十章 旅 行  三等船室/移民列車/鉄道輸送の苦難/プルマン車両列車/通勤者 /港での事故  
十一章 レジャー  賭博/ ハンティング/スポーツ観戦/アメリカン・フットボールの 誕生/少年たちの気晴らし/拳銃がおもちゃ/都会の公園/海辺の レジャー    
〈訳者コラム〉  コラム1 バブル経済が生んだ町シカゴ   コラム2 アメリカン・ホーボーの登場   コラム3 ボーディングハウス物語   コラム4 草土でつくった家   コラム5 工場労働の一二歳   コラム6 ボス・トウィードの海をまたにかけた逃亡劇   コラム7 缶詰は軍隊とともに   コラム8 ジェイコブ・リースのスラム改革   コラム9 ジェーン・アダムズのハルハウス   コラム  自転車大流行   コラム  映画娯楽の黎明

オットー・L・ペットマン(あとがきより)  
  本書はOtto L.Bettmann,The Good Old Days;They Were Terrible!(New York:Random House,1974)の全訳である。本書が著われるに至った経緯については、その「序」に筆者自身が語っている以上に説明を要しないであろう。あえて一言でまとめるならば、過ぎ去った時代に村する過剰なノスタルジーを排し、より現実的なまなざしを向けよう、というものになろう。著者オットー・L・ペットマンは1998年5月にフロリダで93歳の生涯を閉じた。その生涯については、1992年にフロリダ大学出版からBettmann:The Picture Manという自伝を出版しているので、人生についてのみならず、ペットマン・アーカイヴ(資料舘)の成り立ちについても詳しく知ることができる。  
そもそもペットマンの事業は、写真に取った古い図像を1回5ドルで貸し出すことから始まった。普通、印刷物などに何らかの図像を用いるときには、そのイラストなり写真なりの作者もしくは所有者の名前が何々提供などと入るものだが、その提供権を商売とするわけである。1936年にマンハッタンの一室から始まつた資料館は、1981年に売り渡された時には300万件の資料を有していた。さらにその後の発展はUPIやロイター、FRPなどの写真資料の版権も扱う図像および写真代理事業最大のエージェントとなり、保有する図像数も1700万件にのぼっている。コレクションは「ペットマン」というコレクション名と共に、1995年にマイクロソフト社代表ビル・ゲイツが所有するコルビス社に買い取られ、今ではオンラインでの取り引きも可能になっている。  
ペットマンの父親はライプツィヒで早くからエックス線治療を手がけた、富裕な外科医であった。ライプツィヒと言えばJ・S・バッハが聖トーマス教会の音楽監督として晩年の27年間を過ごしたところだが、ペットマン家の建物はその教会の近くにあって、子ども時代は毎日バッハの肖像の前をとおって学校に通ったという。ペットマンはユダヤ教徒ながら、この聖トーマス教会で毎日曜日には聖歌隊の一員として賛美歌を唄い、金曜日にはシナゴーグ(ユダヤ教会)へ通うという少年時代を過ごした。ライプニッツやゲーテが卒業したライプツィヒ大学で文化史と美術史を学び、1926年には博士論文「ドイツ18世紀の出版業における職業倫理の勃興」で学位を取得。いったんは楽譜出版業C・F・ペータース社に勤めたのち、学芸員の資格を取得し、ベルリンのプロシア美術館で15世紀以前稀覯書を担当する学芸貝となった。1930年から1933年までのここでの経験が、後の図像収集へとつながっていったものと思われる。たとえば当時担当した展覧会「図像、絵画における読書と本」といった、絵画の主題にそっての収集が、美術的価値はもちろんながら、図像のすべてが主題的に分類されているペットマン・アーカイヴの原型となっているのである。  
  しかしナチスの反ユダヤ主義が台頭する中、1933年のユダヤ人公職追放によつてペットマンは職を追われ、1935年にそれまでの収集物をトランク二つに詰め込みアメリカヘ渡った。翌1936年にペットマン・アーカイヴ(資料館)と称しイラストのレンタル業を開業。書籍のイラストや広告など、一件につき貸出料5ドルという商売だった。その後、ラジオ放送のCBS社の広告イラストに、17世紀の科学者アタナシウス・キルヒヤーの撹声システムの図像を提供したのを機に、全米にその存在を知られるようになる。そう簡単に成功を手にしたわけではないようだが、ともかくもこの時期は『ライフ』や『ルック』などの写真誌が創刊されたことにみられるように、社会全体が視覚的マテリアルの消費を大規模に求め始めた時代だったと、ペットマンは書いている。  
初期の事業は、古いイラストを収集して主題別に分類し、顧客の希望に応じたイラストを提供するものだった。その分類・整理がアーカイヴの特徴で、他の追随を許さなかった点だとペットマンは誇らしげに書き記している。それがいかに念入りになされていたかは、1978年にランダムハウス社から出版されたThe Bettmann Archive:Picture History of the World によく表れている。西洋文明の歴史を、縦横3,4センチに縮小したイラストまたは写真を用いて15章に分けて語るという企画だが、その図像にはすべてナンバーがついていて、それがアーカイヴのレンタル業のパンフレットにもなっているという物である。その図像を眺めるだけで百科事典を読むような気分にさせられるところが、ペットマンの百科全書的知性のありようを表わしてもいる。  
  ペットマンは生涯に14冊の書籍を刊行しているが、中でももつとも評判が高く今だに版を重ね続けているのが、ここに訳出した『目で見る金びか時代の民衆生活』である。邦訳はなされていないが、他にも古代エジプト以来19世紀に至るまでの医学の歴史をイラストと写真入りでつづる『図説医学の歴史』(The Pictorial History of Medicine,1956)、あるいは欧米230人の読書についての警句とイラストを集めた『読書の喜び』(The Delights of Reading)、そして1995年にはバッハの生涯をイラストを豊富に使いながら キーワードで事典的にまとめた『同時代の人びとが見たヨハン・セバスチヤン・バッハ』(John Sebastian Bach As His Worjd Knew Him,1995)など、どれも興味深い図像を駆使し、百科的に分類、整理しているのが特徴である。これらの本もペットマン・アーカイヴの一部と言えるだろう。

訳者紹介
斉藤 美加 1958年生まれ。日本女子大学博士課程(人間発達学)満期退学。現在、中央大学ほか非常勤講師。訳書『アンネ・フランクものがたり』(金の星社)など。専門、英米児童文学。
佐藤 美保 1966年生まれ。日本女子大学博士課程(英文学)在学中。専門、アメリカ黒人小説。
千代田友久 1951年生まれ。立教大学博士課程(英米文学)中途退学。現在、慶応大学非常勤講師。専門、イギリス演劇。
掘内 正子 1956年生まれ。立教大学(英米文学)卒葉。現在、昭和薬科大学専任講師。専門、イギリス世紀末文学。
山越 邦夫 1960年生まれ。立教大学博士課程(英米文学)中途退学。現在、立教大学ランゲージセンター嘱託講師、アメリカ研究所特別所員。専門、アメリカ詩。  

■「サライ」評1999年第9号
  「見るだけで楽しい豊富な図版19世紀後半のアメリカの素顔」

■庶民映す社会史の原点  (西日本新聞評1999年4月25日)
 
 
実にユニークな本が出版されて、とてもうれしい。  
  原書は四半世紀前に出版されたものだが、その場限りで消えていく時事問題などの本と違って、永遠に力強く生きていく魅力を備えている。  
 著者のオットー・ベットマンは、なんと300万点という写真、絵画、イラストを収集してベットマン資料館を作り、これをレンタルするという仕事を始めたユダヤ系アメリカ人である。  
  邦題の「金ぴか時代」は「トム・ソーヤーの冒険」や「ハックルベリー・フィンの冒険」を書く前のマーク・トウェインが、1873年にチャールズ・ウォーナーと合作で発表した小説のタイトルだ。  
 南北戦争後にアメリカ社会を支配した拝金主義を皮肉った表現で、キラキラ光る物質的繁栄の時代に、陰では庶民がこんなひどい生活をしていたのだということを明らかにした原著の趣旨に、この邦題はいかにもふさわしい。  
  なんといってもこの本の強さは、収集した資料、とくにイラストをふんだんに使っている点にあり、読者は次から次へ信じがたいようなイラストに心を奪われることだろう。   
  かつて歴史の記述は政治がその中心になっていた。日本でも近年になって、欠落していた社会史の研究が盛んになっているが、庶民のいつわらない生活の実態を、みごとにペンとイラストで表現したこの本は、まさに社会史の原点、またはモデルといっていい。  
  今から一世紀前まで、アメリカの庶民はなんという貧しい暮らしをしていたのかと、読者はビックリするに違いない。事務所にかけられた掲示が「昼食に出ていますが、5分でもどります」だったような例がどのページにも満載されている。この本をみると、今の日本の不況など、極楽の不況のようにみえてくるだろう。
(東京女子大学名誉教授 猿谷 要)


 

 

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