草の風(1)(991110現在)

 『山田秀三さんのこと

■多彩に華麗に生きた94年

◆北海道新聞 1993.6.21
山田秀三さんのこと
 
昨年7月27日に山田秀三先生が亡くなって、はや1年近くなる。つやっぽい紺色の背広に、やはり鮮やかな紺で太めのストライプがはいったYシャツ、愛用のステッキ、あみだにかぶったハンチングといった姿で、「ヨーッ」と今日でも現れそうな、ダンディーだった生前の先生の面影がよぎる。  亡くなる数カ月前に、先生から私のところに「前文」なる文章がきた。それには「本書は、最近約十年の主な仕事を雑然と集めたもの」と書いてあり、すでに書物にする計画をたてて原稿をある程度、整理してあるふしがあったが、あるじ亡きあとの混とんとした書斎では、それははじめ見つからず、どうしたものかと思案に暮れていたところ、ひょんなことで遺族が原稿の束を見つけ出してくれた。死期を覚悟して、ちゃんとヒモでくくってあった。  早速編集にとりかかったが、老齢で目がだいぶ弱ってきており、字が原稿用紙のます目からはみ出し、そのまま斜めに流れ、お得意だった地図も、同じ個所を何度もなぞったために黒く固まりになったりしていて、亡くなる数日前まで机に向かっていた様子がしのばれるものだった。  遺稿の内容は、山田先生が約40年かけて北海道各地を踏査して培った汽▲ぅ霧戝鰐少兇離皀妊襪髻∨椽の東北から関東まで南下させて、本州のアイヌ語地名の分布を研究したものである。  喜寿になったころから、足が弱くなって現地を踏査できない悔しさを嘆いていたけれど、本書にある天平期に宮城から秋田へ遠征した大野東人の足跡を巡検した「大野東人将軍遠征路をたどって」という文章は、亡くなる2カ月前に、村崎恭子(横浜国立大)、佐々木利和(東京国立博物館)、児島恭子(昭和女子大)さんらに両わきを支えられた最後の取材旅行の成果が盛りこまれたものである。  遺稿集(「東北・アイヌ語地名の研究」。草風館から近刊)は3編に分かれており、「1、アイヌ語地名遊記」は、石狩川筋のカムイコタン、手稲諸川の地名をはじめ札幌周辺を調べた地名紀行や、江戸の豪商山城屋の古地図、知里家の人にとの思い出などエッセーが中心。後半は「2、東北地方北半のアイヌ語地名」、「3、東北地方南部、関東地方北辺、新潟県を訪ねて」とあるように、徐々に本州のアイヌ語地名を求めて南下していった調査研究であるが、天が先生の余命をとりあげてしまったのは、返すがえすも残念でならない。  それにしてもと思う。山田先生の生涯は、オコがましい言いかたを許してもらえば、なんと豪華ですばらしい一生だったのだと。ひとの3倍または3人前を生きたといえよう。  仮に一生を3つに分けてみると、第1期は大正デモクラシーの時代の学校生活、冗談めかして話されていたが、東京帝大法学部に入るよりは、絵描きになりたかったというディレッタントぶりは、当時のエリートがもたらした遊び心だったのかもしれない。そして高級官僚生活は、ほぼ昭和の戦争時代に重なる。昭和16年任官の仙台鉱山監督局長時代に増産督励のために回った東北の山やまで、後年アイヌ語地名にひきこまれていくもととなった鬼駝な地名兇暴于颪Δ海箸砲覆襦  戦後は、祇鏤官僚兇寮服を潔くぬいで、金田一京助氏の門をひとりくぐってアイヌ語の手ほどきをうけるとともに、登別に北海道曹達を設立してその経営にあたる。  地の利をえて北海道の地名を歩く姿は、あたかも犠赦造両庄塞雹溶痕兇隆僂あった。同時に北海道文化財保護協会の創立に参画した。ここまででひとの2人分を生きたといえよう。  94歳で亡くなるまでの菊山擯兇涼鰐掌Φ罎棒貎瓦気譴浸期が最後のひとり分。かくして、明治・大正・昭和・平成と94年を、3人前、多彩で、果実の詰まった華麗な人生を生き抜いたのだった。         (内川千裕)

■1983.1.28 ■
朝日ジャーナル
道楽じゃなけりゃ続かんヨ
「ジャーナルインタビュー」
 頭の凝りをとらんと新発見はない 現在、著作集(全4巻=草風館)が刊行中ですが、戦前の高級官僚だったはずの人が、なぜアイヌ語地名のめり込んだのですか。 わしゃ、法律をバックにして大きな顔をする役人なんて嫌いだったんだヨ。本当は歴史に興味があったんだが、若気のいたりで、給料もらって背広を着たくなったんだナ。初めは日本の工業化を目指す調査研究でとび回ったが、仙台鉱山監督局長で山歩きしているうち、変な地名がたくさんあることを知った。浦子内とか佐比内が、方言か古語かと思っていたら、どうも違う。北海道にある地名と似ている。アイヌ語を使っていた人が、東北にも住んだいたに違いない、と興味が次がら次へと広がっていった。 地名にこだわったのは? 古事記でも日本書紀でも、東北のことは蝦夷征伐ぐらいしか出ていない。アイヌ語を使っていた人たちが文字で残した歴史もない。日本の北方史は何もなかった。だから、地名だけが、古代北方民族の遺した唯一の記録なんだヨ。これを追いかけたら、これまで語られなかった歴史が出てくるはずだ、と思った。アイヌ語を使っていた人が東北にもいたんて、当時は、日本初の発見者だ、と思い上がってもいたんサ。 敗戦後、その『思い上がり』に気付いた? 文部省へ行ったら、アイヌ研究なら金田一京助さんがいると聞いて、東京・杉並におられた金田一さん宅へ一人で乗り込んだ。先生の論文読んだら、ボクより先に、同じこと書かれていた。そのときは悔しかったネ。だけど、自分の考えていたことを、あれだけの学者がやっていたことで、自分の考えが間違っていないと気をとり直した。それからというものは、終電まで先生の家でアイヌ語を学んだサ。資料をどっさり背負って夜道を歩いていたら、ヤミ物資と思われ警官に調べられたこともあった。 役人をやめて、北海道曹達会社を設立(1949年)、北海道と東京の二重生活でしたね。 北海道へ住むと、金田一先生に会えなくなるから嫌だったんだが、先生から同じ研究者の知里真志保君を紹介され、彼と議論しながら土、日曜日となると北海道中を歩いた。東北を調べるために北海道を歩いたんだが、北海道でもわからないことだらけ。ボクみたいな『調査屋』が現地を調べると、それまでわかっていたと思われていたことと違ってくる。 既成の研究を現地調査で塗りかえるわけですね。主に何を調べます? 幕末の探検家の松浦武四郎や明治中期につくられた地図には、アイヌ語地名がたくさんある。地図をもとに、同じ地名のところを目でみて歩く。見取り図を書いたり、写真を撮ったり。同じ地名でどこかに共通点があれば、その名前の起こりは、その共通点なんだ、ということがわかるんだヨ。 帰納法ですか。そうして調べた資料が、ファイルで100冊以上ですか。40年かけて……。 ファイルはボクにとって貴重品だよ。自分の楽しみのためにやってきたんだから。こんなこと道楽じゃないとできん。 どこが道楽なんですか。 これでメシ食っているとなったら、楽しみよりも、苦痛になる。そんなことは当然だろう? 40年やって、知りたいことが、わかったですか。 まだ半分ぐらいの段階さ。いままでは調査、これからが研究の時代。あと20年ぐらい勉強できたら、ちょっとしたものが書けるんだが、それまでもたず、くたばっちまうだろうナ。だが、ボクの調査は次の代の人に役立つだろう。このごろは、遺産をのこそうかという気分で、何書くのも遺言書くつもりだナ。「ボクはここまで調べた。いい悪いは君たちが判断しろ。材料だけは遺しておく」とナ。そうすることで、日本の文化は先へ進むと思うんだ。 遺言書きが道楽だなんて、うらやましい限り。 だけど、道楽だから、自分に対しては厳格なんだ。自分で調べたいと思って時間と労力をかけてきたんだから、不正確なことはしたくない。これがボクの流儀だ。基礎が不正確なら、その上にはなにもつくれない。基礎のひとつひとつをつくることの大変さったらねぇんだナ。 一つの調査でエラーが出ると、他のことへ響く。気が抜けない。いくら自分が面白いからやっているといっても、他の楽しみだってあるはず……。 あるヨ。女の子と遊んでらあナ。町のキャバレーで。このごろは、さすがにやらなくなったが、札幌へ行けば札幌の女の子と遊ぶ。馬鹿になるときも必要なんだ。頭が凝っちゃうからネ。 頭の凝り? 新しいことを発見したり、間違いをみつけ出すのは、頭を若くしておかなければいかん。年取って、ある型でモノをみたり、判断するようでは、新発見はない。自分のエラーをみつけ、いけねえ、と自らの頭を切り替えなければ研究はできないよ。固執はいかん。 タバコも1日6箱120本ぐらい喫うし、好物はビフテキ。自分がうまい、食べたい、と思うものを食うのも健康法なんだヨ。 壮大な道楽も裏付けがないと……。 たしかに、食うや食わずの生活なら、こんなことはできない。北海道には若い仲間もおり、協力してくれるので、調査にはさほどカネはかからんが、時間がないとネ。その点は恵まれていた。1回の現地調査に最低1カ月はかかる。事前の資料収集に半月、調査後の検討に半月が必要だからネ。 北方文化、民族への関心が最近、高まっているようですね。一時的なブームなのかしれませんが……。 北方への関心が高まり、研究する層が厚くなるのはいいことだヨ。「第2の知里君」が出てくる期待もある。ものごとへの好奇心、というのが研究の原動力なんだからネ。だからといって間口を広げ、いろいろな所へ首を突っ込むと雑学に終わってしまう。地名だけなら小さいテーマだろうと選んだ。ところが、ものを掘り下げるっとなると大変なんだよ。何でもそうだろうが……。 道楽ついでにいえば、ゴルフも骨董品集めも道楽。どれにしても、道楽といえるものを持たんと年取ってから、楽しい生活をもてんヨ、君。 (聞き手・本誌 前田敏春)



参考 :草風館刊
山田秀三著『アイヌ語地名の研究』(全4巻)
山田秀三著『東北・アイヌ語地名の研究』
山田秀三著『アイヌ語地名の輪郭』
山田秀三監修『アイヌ語地名資料集成』

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